本郷百貨店
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創業52年の「赤門そば」店主 樋口健四郎さん

 東大の赤門前に店を構える「赤門そば」。創業から52年、永きに渡り東大生や本郷の人たちに親しまれている蕎麦屋である。創業者で店主の樋口健四郎さんが弟の徳五郎さんと二人で店を切り盛りする。

毎朝、その日使う分だけを製麺

 樋口さんは生まれも育ちも本郷だ。戦時中の2年間だけ長野に疎開していた以外、ずっとこの地に暮らしている。子どもの頃の遊び場は東大構内と、家の目の前を走っていた都電19番。友達と線路にいたずらしたのが車掌に見つかり、隣の停留所まで連れられて叱られたことも、都電がなくなった今では懐かしい思い出だ。廃線が決まり外された「東大赤門前」の看板を譲り受け、店の前に大切に飾っている。
 蕎麦屋は樋口さんが20歳の時に開いた。テーラーを営んでいた父が引退を決め、店を譲り受けた時に商売替えをした。「親父が長野出身だったから、蕎麦屋をやれ、赤門の前だから『赤門そば』だって、商売も屋号も決めたんですよ」と笑いながら当時を振り返る。とはいえ、蕎麦はおろか料理をしたことがなかったため、最初は職人を雇って調理場を任せ、自転車が好きだった樋口さんは出前を担当した。
「当時はこの辺にもたくさん蕎麦屋があってさ。出前の自転車がすれ違いざまに何段重ねられるか競い合うんだ。『俺はこんなに持てるんだぞ』ってね。最初はずいぶん落としたなあ」
 創業時からのこだわりは、長野産の蕎麦粉を使った自家製麺。店の地下の作業場で、蕎麦もうどんも毎朝6時からその日使う分だけを製麺している。かえしも自家製だ。この味を懐かしみ、遠方から食べに訪れる東大卒業生も少なくない。

街は様変わりしても味は変わらず

 樋口さんは今年79歳になる。店先から時代とともに移り変わる本郷の街を眺めてきた。
「昔の東大は入学試験の日も門が開いていてね。付き添いも構内に入れたの。昼に空の鍋を持ってきて『受験中の息子に食べさせたいから、温かいうどんを入れてください』っていうお母さんもいたね。東大紛争の時はヘルメットの色で敵対する相手だとわかると襲われるってんで、学生に頼まれてヘルメットを預かったこともあるよ」
 時を経て、学生も街も様変わりしたが、「赤門そば」は変わらずに店の味を守り続けている。蕎麦の素朴な味わいは、飾らないその人柄を表すようだ。
 樋口さんの楽しみは、月に1回通っている川柳教室だ。店の箸袋に書かれた「赤門は太いうどんにうまい蕎麦」という川柳も自身の句。店のラジオに耳を傾けて、時勢になぞらえた川柳を考えるのが日課だという。(文:阿部博子 写真:清水美由紀)

赤門そば

東京都文京区本郷5-27-8
電話:03-3811-3457
定休日:日曜・祝日
営業時間:平日11時~19時 土曜11時~16時

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