本郷百貨店
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季節感を大事にした和菓子の「扇屋」 岩下明子さん

 東大赤門の正面で、半世紀以上にわたり和菓子の製造販売を行う「扇屋」。奥の壁に掛かる袖看板からは、長崎出身でカステラ職人だった初代が始めた店の歴史が静かに薫る。店内では2代目の岩下元信さん・弘子さん夫婦と、息子で和菓子職人の洋一さん・明子さん夫婦がともに働き、伝統と歴史がゆるやかに受け継がれている。

初代から直接教わった和菓子づくり

 店の前には小さなガラスケースと店頭幕。年に3回程度、ディスプレイの和菓子を入れ替えている。「2月末まではゆず餅。3月からは花見だんごになります」と、店頭に立ち始めて約10年の明子さん。「常連さんをはじめ、いろいろなお客さまがお見えになるので楽しいですね。従業員も私もおしゃべりが好きなので。この菊は近所の方が育てていらして、いつも貸してくださるんですよ」と、ガラス越しに黄色い菊を指差した。
 元信さんは結婚を機にこの店に。「実家も親戚も和菓子屋だったから、もともとお菓子には馴染みがあり、私も息子も初代から和菓子づくりを教わったけど、息子の方がうまい。私は対面でお客さまとやりとりするのが好きだから、息子の作業には口をはさみません」。すると弘子さんが絶妙の合いの手で「よく言われるのよ、私の一番の親孝行は主人を選んだことだって」。ふたりは東京五輪の年に結婚し、ちょうど50年を迎えたところ。「だから次の東京五輪まで元気にがんばらなくちゃね、なんて話しています」と笑いが響き合う。

季節の移ろいに合わせて色づく上生菓子

 2階の工場(こうば)では、洋一さんが黙々と手を動かしていた。餡の重さを量っては、テンポよく皮でくるんでいく。「薯蕷(じょうよ)饅頭の皮は大和芋を使っているから、捏ねあげてから短時間で包まないと」。あっという間に木枠が均一な饅頭でいっぱいになった。
 店頭に並ぶ季節ごとの上生菓子は、洋一さんのアイデアでつくられる。小さい頃から料理が好きだった洋一さんは、「つくる仕事」に就きたい気持ちがとにかく強かったそうだ。「和菓子は限られた材料でつくるのだけど、例えばうるち米はその粉の粗さによって物性が違ってくる。そういった材料の組み合わせやデザインは寝る前なんかに考えているね」。それら和菓子の表情は季節の移ろいに合わせ、繊細に変化させる。「紅葉の上生菓子なら、つくり始めの初秋は黄色の分量を多く、それから日を重ねるたび、徐々に赤みを増やしていきます」。洋一さんは窓の向こうに見える11月の東大キャンパスを指差し、どのイチョウの葉が最初に黄色くなるかを教えてくれた。明子さんも店に立つとき、イチョウの木を眺めては日々訪れる小さな変化に気付くことがうれしいと話していた。
 「お菓子にも流行りがあるけれど、うちが大事にしているのは季節感」とは元信さんの言葉。本郷ならではの四季の瞬きを、この店で働くそれぞれが手の中に感じている。(文:井上瑤子 写真:清水美由紀)

扇屋

文京区本郷5-26-5
電話 03-3811-1120
営業時間 9時〜19時(祝日は9時〜17時)
定休日 日曜

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