本郷百貨店
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江戸時代から続く金魚問屋「金魚坂」 吉田智子さん

 本郷通りの賑わいを背に、菊坂通りと平行する路地をしばらく進むと、住宅街で異彩を放つ、高原のロッジのような建物が現れる。それが「金魚坂」だ。金魚の卸売りを専門に行い、金魚の釣り堀もあれば、室内では食事と喫茶を楽しめる。

金魚を眺めながら心が休まるような場を

 屋外の水槽では、赤や白のまだら模様の金魚がひらひらと泳いでいる。なかには立派な大ぶりのものも。入口すぐの釣り堀を眺めると、錦鯉まで泳いでいた。「これを釣り上げちゃう子供もいるのよ。すごいでしょう?」。いかにも楽しそうに、女将の吉田智子さんは微笑む。
 「金魚坂」は創業350年、江戸時代から続く金魚問屋で、かつては加賀藩邸に金魚をおさめていた。「維持していくのに大変なことは多いけれど、ここで辞めたら苦しんで受け継いできた代々の先祖に申し訳ない。それに金魚に愛着があるから辞められないのよね」と吉田さん。着物の帯も携帯ストラップも、金魚尽くしだ。
 「本郷ってハイカラじゃないし、のんびりしていて昔の名残があるの。今はスピードの時代だけど、それに合わせて金魚も泳ぎ方が速くなったかというと、そんなことはないでしょう(笑)。人間だっておんなじ。ゆったりする時間が、もうちょっとあってもいいんじゃないかと思うわよね」
 喫茶と食事のスペースができたのは14年前。夫を亡くして7代目となった吉田さんは、金魚を眺めながら心が休まるような場をと、当時敷地を囲っていた高い塀をとっぱらい、趣味仲間と店も始めることにした。
 「そうしたら、日本料理のほかにも葉巻だ珈琲だ、音楽会もやりたいってなってね。じゃあもうぜんぶ、好きなものやんなさいよって、グランドピアノも入れたんですよ」

自分の仕事をよく知る人が生き残る時代

 この日居合わせた芙蓉堂薬局の川又靖則さんとは、「あなたのお父さんとはね、ほんと仲良しだったのよ」と昔話に花が咲く。
 「人間の生き死にとおんなじように、金魚にも生命があるでしょう? 私、芙蓉堂さんとおんなじような気持ちになることがあるのよ。『この薬だったら治るわよ』って川又さんのお母さんが私に言ってくれるんだけど、私もお客さんにおんなじように言うの。『この金魚を持ってらっしゃい、眺めていたらきっと元気になるわよ』って」
 金魚の配達に出かけても、金魚のことをよく知らない店員を多く見かけるようになったと吉田さんは少し厳しい顔をした。「だから今はね、自分の仕事をよく知っている人が生き残る時代だと私は思っているの」。笑顔の気品が、余韻をやわらかに残した。(文:井上瑤子 写真:清水美由紀)

金魚坂

文京区本郷5-3-15
電話 03-3815-7088
営業時間 11時30分〜21時30分(火~金)11時30分〜20時30分(土日祝)
定休 月曜・第3火曜

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